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キーワード至上主義の終焉。これからのSEOが果たすべき「本当の役割」

こんにちは。
昔からSEOはもう限界だー。オワコンだーなんてことがGoogleアルゴリズムのアップデートのたび騒がれていましたね。
そうして今回も再び、生成AIというゲームチェンジャーによってSEO限界説が取り上げられています。
実際のところどうなんでしょうか?
今日はそんなSEO限界説について話してみたいと思います。
「SEOは死んだ」と言われる3つの理由
なぜ今これほどまでに「SEO限界説」が囁かれているのかを整理すると、
AI検索による「ゼロクリックサーチ」の加速
検索結果画面(SERPs)でAIが直接回答してしまうため、そもそもユーザーがサイトに訪問しない。
AIによるコンテンツの飽和
LLM(大規模言語モデル)を使えば誰でも記事を量産できる(質はともかく)ため、「情報価値」がデフレを起こしている。
アルゴリズムの変動の激しさ
コアアップデートの度に順位が乱高下し、小手先のテクニックも通用しなくなった。
ざっくりとこんなところでしょうか。
アルゴリズムに対処するのはwebマスターの常ですが、AIによる影響もかなり大きく出るようになりましたね。
成仏されたSEOの手法たち
コンテンツの質を向上させる上で、すでに小手先のテクニックは通じなくなっています。
かつては効果があった手法も、いまやペナルティや評価低下の対象になる存在に落ちてしまいました。
検索ボリュームだけを狙った「長文網羅系」の記事(いわゆるコタツ記事)。
一時期コンテンツのボリュームもSEO評価がある「長文SEO」が猛威をふるい、SNSでも「記事評価を上げるなら何千字書きましょう!」という投稿をよく見かけました。
まだ、Googleアルゴリズムが文脈を正確に把握できていなかった時代は確かに効果はありましたが、今の時代には用をなさなくなった技術ですね。(長文=悪というわけではないです)
キーワードの詰め込みや、不自然な見出し構成。
コンテンツSEOが流行り出した頃から、すでに死に体になってた気はしますが、一応。
やたらとエリア名や狙ったキーワードでてる記事、ありましたよね。
また、手法ではないですが、生成AIの量産記事も陳腐化しつつあります。
独自性のない、AIに書かせただけのまとめ記事(AIはAIの生成物を評価しなくなりつつある)。
ツールや自身で手直しをしている場合を除き、生成AIの出力した記事をそのまま公開しただけでは、評価向上には繋がりません。ただこれはAIがどうこうというより「一時情報や独自性がない量産的な記事」であるため評価されなかった可能性が高いです。
実際にAIで書いた記事 AIの活用について
SEOの役割の「再定義」
SEOの役割は「検索最適化をして検索上位をとること」ですが、この最適化において基準となるのが、文章に含まれるキーワードを判定して、そのコンテンツを評価するという部分です。
今後もキーワードの関連性を判定するということ自体に変わりはないでしょうが、そのキーワードの判定基準や評価がどう変わるかが気になるところですね。
私見ですが、過去のキーワードが「文字列の一致」を判定していたことに対し、生成AIの判定では、「文脈の一致」
いわゆる質疑応答に近い形の判定をするのではないかと思っています。
人同士の会話であれば、
まず質問者は「静岡 お茶 おすすめ」と質問するのではなく、「静岡でおすすめのお茶はありますか?」と伝えます。
それに対して回答者は網羅的に答えを出すのではなく、自身の知見から選択して回答を出していきますよね。
そこからさらに、質問者も追加で聞き取りをしていくことで最適な答えが得られる。
そうすると今後は、この文脈を意識したコンテンツを作ることが、SEOに役立っていくのではないかと思っています。
ユーザーが入力するであろう「質問(文章)」に対して、的確かつ独自の「回答」を用意できるか。ですね。
もちろん今まで通り、一次情報(自身の知見から出るデータ)の掲載や専門的で信頼性のあるコンテンツ作りも重要です。
これからのWebメディア・事業者が取るべきスタンス
媒体を問わず集客のために文章を書くとなると、前提としてキーワードをどう盛り込むか。ということが誰しも頭をよぎります。
ただ、情報提供の根っこの部分はやはり「ユーザーに価値ある情報を届ける」というところ。
この生成AIの登場によって、キーワードに引っ張られず、本当に伝えたいことを書くことで判定されやすい世界になるなら、
それはとてもいいことですね。
「検索エンジン」ではなく「人」を見る。
結局我々が考えることは、さほど変わらないのかもしれませんね。
ではでは。
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